インターメディアテク: 東京大学学術コレクション

そこを初めて訪れたのは2016年の冬。
東京出張に合わせて友人と会うことになり、待ち合わせにKITTEを指定されました。
とりあえず旧東京中央郵便局であるということはわかった、しかし大阪住みで最近の丸の内界隈はよくわからない、と、迷う前提でスケジュールを立てたところ、案の定かなり早く着いてしまいました。
友人の開業1周年祝の日本酒を抱えていてあまり移動もしたくない。ビルの中で時間を潰そうと思った時に興味を唆られたのがインターメディアテクでした。

インターメディアテクは、東京大学総合研究博物館が日本郵便株式会社と協働で運営をおこなっている博物館で、東京大学が明治の開学以来蓄積してきた学術標本や研究資料など「学術文化財」と呼ばれるものを常設展示しています。無料というのも有難い。

スペースはKITTEの一角の2・3階部分です。2フロアを繋ぐ、白く広い吹き抜け空間。大きな階段の脇には、これまた大きな鰐の骨格標本が壁を飾り、この時点でワクワクしはじめます。

展示室に足を踏み入れると一転、レトロモダンな空間が広がり、明治〜昭和初期にタイムスリップしたかのような感覚。事実、展示のケースやキャビネットは旧帝大時代に現場で使われていた時代物です。
壁面に並ぶ重厚な棚、ガラスの奥には雑然としながらも美しい標本群。中央のガラスケースには大小の骨格標本。原住民の文化を伝える民俗学的資料の妖しさ。。
夥しい数の、剥製、昆虫、植物、鉱物、土器、楽器、歯車、肖像、外科道具、計測機、解剖模型、幾何学模型、エトセトラ、エトセトラ、、

博物館と言っても所謂名物というものもないし順路もない、研究の現場で蓄積されてきた「学術標本」がひたすら並べられているだけの空間です。そこが逆に、自分の好奇心の赴くままに見て想像することを許された贅沢な展示だと思えます。
子供の頃、ちょっと寂れた博物館でアンモナイトの化石や昆虫標本を眺めていた時と同じ高揚感。
今では、東京駅で時間がある時は必ず立ち寄るお気に入りの場所になりました。

この書籍はそんな博物館の図録です。
図録といっても博物館のコンセプトそのまま、標本を丁寧に紹介するというより展示空間を感じる写真集といった内容です。もちろん標本の解説はありますが、中には「珍奇物」で片付けられてしまうものもあったり。何なんだよ!気になる。

だからこそ、ページを捲るとあの部屋の扉が開くのです。
ノスタルジックな世界、許されるなら何時間でも佇んでいたいと思う異空間。現代に蘇ったヴンダーカンマー。

驚異の部屋へようこそ。

編者:西野 嘉章
平凡社 初版:2013年11月

インターメディアテク
http://www.intermediatheque.jp/

笑うカイチュウ

寄生虫といえば思い出すものはサナダムシくらいでしょうか。
中学・高校の頃、理科室にホルマリン付けの、出所も由緒正しいサナダムシがあり、皆で気持ち悪いなどと盛り上がったのを覚えています。

周りの人で寄生虫に感染したという話も聞かないし、回虫駆除や虫下しなどももう必要ない。
寄生虫なんて昔のことで、今の日本では気にしなくてもいいもの、という風潮が強いと思います。

しかし今になって、自然食ブームやずさんな手洗いなどによって回虫感染症が増えているというのです。
また、ペットから感染したり、海外で食事から感染するなど、あながち過去のものではないようです。

本書では、実は身近な寄生虫とその感染症について、たくさんの症例を挙げて非常にわかりやすく解説されています。
取り上げられている寄生虫は、感染ルートが我々の生活と密着したものに限られているため、すんなりと入ってきます。(学術書的な雰囲気はいっさいありません。)
代表的なヒトの寄生虫だからか、本の題名の通り回虫に関するエピソードが多くなっています。
本書の中で特に衝撃的なのは、皮下のコブがが出たり消えたり動いたりするエピソードです。顎口虫やマンソン裂頭条虫などという虫が体の中を動くことが原因で、淡水魚を生で食べたり、食通だと言ってドジョウの踊り食いをしたりして感染します。

感染して大変!というエピソード以外にも、「多くの人が花粉症になったのは寄生虫に感染しなくなったから」という、寄生虫と免疫の興味深い話も掲載されています。

寄生虫の名前もカナ表記に統一されており物々しい感じもなく、そもそもエピソードだけで十分面白いので虫の名前を気にする必要もありません。全てを通じて、あっけらかんとした文章で思わずくすっと笑ってしまうけれども、次の瞬間にはゾッとする、不思議な読み物という印象です。

私自身学生の頃、ある講義で動物に関するテーマであれば何でもOKと言われ、なぜか寄生虫をテーマにレポートを書きました。数日の図書館通いで数々の寄生虫と出会って以来、彼らが学問的に非常に魅力的なものだと思っています。
そして数年前、念願かなって目黒の寄生虫博物館を訪問した時は感動しました。(平日昼間雨だったからか、誰もいませんでした。)

久しぶりに読み返してみて、大好物のサーモンの刺身が少し怖くなったり、野菜はよく洗おうと思ったり。
興味深くはあっても、決して感染したいとは思いません。

著者:藤田 紘一郎
講談社文庫 初版:1999年3月

医薬品クライシス―78兆円市場の激震

勤め先が道修町(大手製薬企業の本社も多い)のすぐそばで製薬企業勤務の知人も多いことから、業界に興味があり手に取った一冊です。
医薬品メーカーの研究職を経験した著者により、薬を生み出す側からの視点で医薬品業界が直面する危機について綴られています。

製薬企業の研究所は非常に潤沢な研究費に恵まれ、国内外の優秀な研究者の集まる頭脳集団です。
(研究室時代、就職先の花形はやはり製薬企業の研究職でした。)
しかし驚くことに、実はほとんどの研究者が新薬を生み出すことなく現場を去っていくと言うのです。
なぜなら全世界数百社の製品をあわせても、医療用医薬品の新製品は年間たったの15〜20!
新薬が生まれない、それが医薬品業界が直面している危機なのです。

創薬技術は飛躍的に進歩しているのにもかかわらず、なぜ新薬は生まれなくなったのでしょうか。
それは「薬が作りやすい」病気について既に効果のあるものが出尽くしてしまったことと、安全基準が厳格化していることによります。

薬というのは生命を形作る物質「タンパク質」に働きかける非常に小さな分子です。
人体の働きはあまりにも複雑で、鼻炎と胃潰瘍治療のターゲットになるタンパク質が同じだったり(よく耳にするヒスタミンブロックとはこれのこと)、経口投与では消化されてしまい患部までとどかなかったりと、一筋縄ではいきません。

動物実験で能力を発揮した薬は、臨床試験という形で人での効果を確認します。
臨床試験は第I〜第III相の三段階のフェーズがあり、クリアするのに長い年月を要します。
効果が確認できなかったり、服用の利益を上回る害があると判断された時点で試験は中止となります。安全基準の厳格化で数多くの新薬が中止に追い込まれていますし、中止する段階を見極めないと大きな損失になり得ます。

そのことを著者は新薬の開発を”ギャンブル”と表現しているのですが、「生み出すのは非常に難しいが一発当てるとどの業界も敵わないほどの巨大な利益を生む」業界事情をなんとも的確に表現していると感じます。

本書は、基本的な薬の作用や創薬の手法、臨床試験など創薬の基本がコンパクトに解説されています。新しい創薬技術や特許、薬価など昨今の業界事情も一通り網羅されていて、新薬の開発がなぜ難しいのか、創薬のギャンブルたる所以が専門知識がなくても感覚でわかる内容となっています。

業界にいたからこその視点で、内側から感じる医薬品業界の変化、そして研究者の「薬を生み出したい」強い思いが現場の雰囲気とともに伝わってくるのも特徴です。
副作用問題では薬を生み出す立場の人々が副作用をどう捉えどのように向き合っているのかが軸となっており、一歩間違うと言い訳のようではありますが、アプローチとしては目新しい印象です。

そして話のたどり着く先は2010年問題です。
大手開発企業(先発企業)の多くは1990年前後に開発されたブロックバスター(大型医薬品)で収益を支えていますが、2010年前後に相次いで特許切れをむかえます。これらがジェネリック医薬品に取って代わられることで、開発企業の収益は激減してしまいます。
(最近「ジェネリック医薬品による医療費節減」でジェネリックメーカーに追い風となっているようですが、先発企業と今後の新薬開発のことを思うと複雑な思いです。)

特許切れによる収益の減少に対して少しでも多くの新薬を生み出し生き残りをはかるため、今大手開発企業は合併や買収で開発領域の補完や新たなパイプラインの獲得に必死です。
また戦いの場がアメリカに移ったことで、日本の各企業も海外子会社の強化や海外企業の買収など国際的な競争力に重きを置くようになっており、グローバル化に向けた動きも活発です。

世界を舞台にした熾烈な争いと、社会情勢に翻弄される企業、新薬の開発に関わる研究者の人間ドラマを知ることで、一粒の薬が以前とは違って見えてくるので不思議です。

著者:佐藤 健太郎
新潮新書 初版:2010年1月

ガン遺伝子を追いつめる

感染性疾患の減少で、今や疾患による死亡率の第一位となったガン。
年をとってガンを患うことが多いのは何故?ガンにかかりやすさは遺伝も関係するらしいけど何で?
生物が生きていく上で、細胞の分裂はかかせない生命活動ですが、これは遺伝子によってそれぞれ綿密な分裂の制御がなされることによって成り立っています。通常の細胞は一定回数の分裂を行うと分裂は止まるように設計されています。また、生存に不利な条件になると(もちろん発生の過程などそうでない場合もありますが)細胞は自殺し(アポトーシスとよばれます)、結果生物自身の正常な状態を保ちます。この分裂や自殺のバランスが崩れることによって起こるのが、分裂が止まらない、いわゆる腫瘍(ガン)というわけです。
この本では、細胞の活動と遺伝子の関係を中心に、ガンがどのようなメカニズムで発生するかを解説しています。

まず細胞の活動とその制御について、クローン羊ドリーの年齢や老化と細胞、日焼けとアポトーシスなどわかりやすい話題で導入、次に様々なガン遺伝子について解説があり、遺伝子のちょっとした変化がどのようにガンを引き起こすかが話されます。(p53蛋白の遺伝子の話はNHKの「人体III」でも解説されていました。ちょっと記憶に曖昧ですが、わかりやすいCGもあったのではないでしょうか)
後半は胃ガン、肺ガン、乳ガンなど個々のメカニズムや、転移について、療法や医学のとりくみについてが書かれています。

専門用語はそれなりに多いですし、DNAの知識も必須になってきます。タンパクや遺伝子名にカタカナ、アルファベットが多いので、これが苦手な方にはちょっと辛いかもしれませんが、順に解説はされていますし、単語読み飛ばしでもニュアンスはわかります。
本来ガンを起こすためにある遺伝子など存在しませんし、関連遺伝子を「ガン遺伝子」とひとくくりに言ってしまう表現には語弊があります(この本でも同様の指摘があります)。
この本でガンのメカニズムと正しい「ガン遺伝子」の知識を得てなるほど!と思って頂きたいと思います。

著者:掛札 堅
文春新書 初版:1999年10月

遺伝子で診断する

2003年にヒトゲノム計画が完了したのは記憶に新しく、遺伝子情報は公共のものとする国際共同プロジェク「ヒトゲノム計画」と、発見した遺伝子に特許を求める民間企業のセレラ社との間で摩擦がおきたりと、今や「遺伝子の価値」を考えさせられる時代になっています。
遺伝子情報にどんな価値があるのかというと、これからの医療は遺伝子がメインになるということです。
ヒトの遺伝子配列が解明され、現在病気と遺伝子の関係が次々と明らかにされ、DNAの配列の違いがどのように病気を出現させるのかが研究されています。中でも「がん」を発症させる遺伝子のメカニズムが注目されました。

このように医療の分野では、ある遺伝子を持っているかどうかを見ることで病気になりやすいかどうかを判断し予防策をとったり、病気の早期発見が可能になったり、有効な治療(薬)の判断から個人に適した治療が考えられたりと様々なメリットがあります。
しかしながら、遺伝子診断によって遺伝病などへの差別がおきたり、病気になりやすいことがわかった後のケアなど問題点もまだまだあります。

この本では、遺伝子・DNA・遺伝子から生命が組み立てられること・ヒトゲノム計画と特定遺伝子をつきとめる方法など、まず「遺伝子」の基本的な話が解説されています。次に、遺伝子と病気について、具体例をあげて解説しています。病気ではないですが、「酒好き遺伝子」はあるか、なんて話題もあって、なかなかユニークです。メインは癌の話です。「がん遺伝子」とは何なのか、遺伝子と癌の関係似ついて多様な癌をとりあげ、病院で多くの癌患者と向き合った著者の思いが伝わる、丁寧な解説がされています。

全体を通して解説が丁寧で、専門用語もほとんど気にさせない話の流れに脱帽です。ポイントでは図もあり、難しい内容でも理解可能になっています。生物の知識が無くても大丈夫ですので、”最近話題になってるけど、「遺伝子と医療」ってどういうこと?”と思っている方におすすめです。時期的にヒトゲノム計画初期の頃の話であり、新鮮な医療の話はありませんが、「遺伝子と医療の関係とこれから」というテーマは古くないと思います。生物を学んでいる方々も視野を広げられると思います。

著者:中村祐輔
PHP新書 初版:1996年12月

キラーウイルス感染症―逆襲する病原体とどう共存するか

ウイルスは昨今、かなり派手に世界的な問題を巻き起こしていますので、興味のある方も多いのではないかと思います。
記憶に新しいのはSARSやトリインフルエンザです。そして映画「アウトブレイク」や小説「ホットゾーン」で話題になったエボラやマールブルグ。このように、感染力が強く、致死率の高いウイルス疾患について解説した本がこちらです。(時期的にSARSは含まれていません、かわりにウイルス疾患ではないけれどBSEも含んでいます)

様々なウイルスについて、感染の様子、感染時のパニックと医師や政府の対応、生物学的な解説がテンポよく、しかし過剰な演出もなく淡々となされており、スタンダードなノンフィクションながら、未知のウイルスを解明する物語として推理小説のように読めてしまいます。専門用語については解説に少し出てくるくらいですので、読んでいてうんざりすることはないと思います。重篤なウイルス疾患というと日本ではあまり身近には感じられないものですが、宿主となる動物と人間の関係の現状などウイルス感染というものを背景から知ることが大切ですので、読みやすくおすすめの一冊です。

著者:山内一也
ふたばらいふ新書 初版:2001年3月

キラーウイルス感染症―逆襲する病原体とどう共存するか (ふたばらいふ新書)

細菌の逆襲が始まった―抗生物質が効かない耐性菌とどう闘うか

1999年から放映されたNHKスペシャル「世紀を越えて」のシリーズのひとつとして放映された「細菌の逆襲」をピックアップしたもの(残念ながら放送は見ていません)。細菌感染症の今をわかりやすくまとめた一冊です。
「魔法の弾丸」と賞されたペニシリンをはじめ、次々に誕生した「夢の万能薬」。その結果、抗生物質への過信と乱用により出現する耐性菌。復活した細菌感染症の驚異に、今後医療はどのように取り組むべきなのか・・・。

様々な取材によって医療現場や企業事情などの問題が具体的にかつセンセーショナルに提示されており(ここがテレビ的です)、身近な話題として読みやすい一冊です。
また、ポイントを耐性菌の問題に絞っていて表現も比較的易しいことから、前知識がなくても手っ取り早く耐性菌、院内感染症などの問題を勉強することができます。
この番組制作には別に紹介した吉川氏の「細菌の逆襲 ヒトと細菌の生存競争」が参考文献となっていますので、興味を持たれた方はステップアップとして吉川氏の著書をお読みになると良いかと思います。

著者:NHKスペシャル「世紀を越えて」ディレクター宮本英樹
KAWADE夢新書 初版:2000年9月

細菌の逆襲―ヒトと細菌の生存競争

学生時代のこと。春の健康診断って、混むし待たされるし特に病状もないし、と例年通りサボっていたところ、「前年に発生した結核対策のため、健康診断を受けない人には単位を出しません」との突然のお達し。慌てて病院にX線を撮りに行く羽目になりました。(当時慌てたのは、どちらかといえば結核の驚異よりは単位を落とす恐怖で、事実学生の達の受検率は大幅アップしたそうです。)それにしても今時結核とは・・・。
結核とか療養所なんてもう過去のものだと思っていました。
このように抗生物質の発見以来、細菌による感染症の多くは治療法が確立され、世間からほとんど危険視されなくなっています。それに清潔な日本では、食中毒もほとんど心配いりませんよね。

そんな隙をついて身近に細菌の逆襲が迫っている、というのがこの本の主題です。
MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)、再燃する結核菌、重篤な化膿連鎖球菌、毒性の高い大腸菌O157・・・。薬の効かない感染症、新しいタイプの菌による感染症が問題になってきたのです。
同様の問題を取り上げた本も多い中、この本の素敵なところは、細菌学の歴史や基本的な感染・免疫の機構、代表的な細菌についてなど、基礎からかなり丁寧に解説がされていることです。それでいて、話の中心となる抗生物質の耐性では、抗生物質毎に細菌の遺伝的特性をふまえて解説するなど、専門的にも満足のいく、とても内容の濃い一冊となっています。
どちらかというと教科書的な内容ですので、読み物としては向いていませんが、生物学の知識があり細菌学について少し突っ込んで学びたい方にはオススメできます。新書ながら微生物学(特に細菌学)がこれ1冊で網羅できますので、学生であれば教科書より読みやすくよいと思います。

著者:吉川昌之介
中公新書 初版:1995年3月